喜田貞吉関連エントリー

喜田貞吉のこと

... テキストの鈴木公雄『考古学入門』(東京大学出版会、1988年)に、いわゆる騎馬民族説は戦前における喜田貞吉の日鮮同祖論の焼き直しとも言えるという趣旨の一文があって、それ以来喜田の名前が気にかかっていた。 ...

喜田貞吉のこと

練習問題パート27

... 京都帝大喜田貞吉教授の助手で大和関係資料収集に尽力し、「高市郡史蹟略考」を執筆したのは誰か 谷三山 高田十郎 今西伊之吉 田村吉永 小杉榲邨 3、法隆寺金堂内陣の西の間に安置される阿弥陀如来坐像が作られたのは何時代か。 ...

練習問題パート27

古代・民俗・法隆寺/先住民と差別(喜田貞吉)

... 喜田貞吉著、礫川全次編『先住民と差別:喜田貞吉歴史民俗学傑作選』 河出書房新社 2008.1 2008年初頭、河出書房新社が相次いで刊行した喜田貞吉の本3冊の最初の1冊である。私は、2月刊の『 被差別部落とは何か 』と3月刊の『 賤民とは何か 』を先に読む ...

古代・民俗・法隆寺/先住民と差別(喜田貞吉)

もうひとつの社会/賤民とは何か(喜田貞吉)

... 喜田貞吉『賤民とは何か』 河出書房新社 2008.3 同じ著者の『 被差別部落とは何か 』を読み終えたばかりで、また本書を見つけた。 ... なお巻末に、礫川全次氏が、喜田貞吉の人柄を示す、恰好のエピソードを紹介している。 ...

もうひとつの社会/賤民とは何か(喜田貞吉)

取り残された人々/被差別部落とは何か(喜田貞吉)

... 喜田貞吉『被差別部落とは何か』 河出書房新社 2008.2 はじめ、題名に似合わない、かわいらしい装丁が目についた。それから著者の名前を見て、目を疑った。 ... 喜田貞吉(1871-1939)は、広範な分野に足跡を残した個性的な歴史学者だが、今日 ...

取り残された人々/被差別部落とは何か(喜田貞吉)

喜田貞吉とは?

喜田 貞吉(きた さだきち、1871年 - 1939年7月3日)は、近代日本の歴史家、文学博士。考古学、民俗学も取り入れ、学問研究を進めた。
徳島県出身。東京帝国大学文科大学で歴史研究を学んだ。卒業後、同大学で講師を務め、1909年に文学博士の称号を得た。文部省で国定教科書の編纂にも従事したが、小学校の歴史教科書に南北朝時代 (日本) 南北朝期の北朝 (日本) 北朝・南朝 (日本) 南朝を並べて記述していたため、1911年、南朝を正統とする立場から非難され、休職処分となった(「南北朝時代 (日本)#南北朝正閏論と後世への影響 南北朝正閏問題」)。
1920年から1924年まで京都帝国大学教授。1923年、前年に設置されたばかりの東北帝国大学国史学研究室の講師となり、古代史・考古学を担当。同研究室草創の基礎を築いた。

喜田貞吉の詳細